環境

2009年11月30日 (月)

北陸新幹線の話題が熱い

ヤフーニュースで北陸新幹線がらみの記事でコメントが熱い。
・新潟がお金を出さないとゴネてるから酷い。
・国が説明もなしに負担金増を押し付けてくるから、それは話が通りませんよね?新潟悪くない。
・そもそも裏日本(差別的発言)なんかに新幹線は贅沢だ。
・石川、富山の人も新幹線いらないって言う人もいるよ。
などなど、と盛り上がっている。その中からある意見を、ちょっと引用させていただく(無断引用で申し訳ない)。
というのも私が好まない「論理的」で「一見正しそう」な発言だからである。
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富山や石川に新幹線まで必要なのかどうかも考える必要があるんじゃないのか?
開通して利益が出るのならば造ればいいが、利益が出ないであろう新幹線を造っても国民負担が増えるだけ。
利益が出る乗り物なら造ればいいが、利益が出ないのならば予算凍結の上建設を中止すべきだろ。
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昨日に引き続き、また金だけの視点ですか・・・・・
まぁでも、お金の視点というのが最優先なのは仕方ないので、そこはよしとする。
問題はいつも出てくるこの「利益が出ないのならば予算凍結」という考え。
これは逆だよ。
利益が出るなら民間が勝手にする。
利益が出ないから国がしなくちゃいけない。
のではないのか?
利益にならないから必要ではないというのは、リーマンショックを経ても、なお市場万能主義なのだろうか。
日本は道路(自動車)と鉄道(電車)、空港(飛行機)を組合わせて開発してきた世界でも少ない国である。
しかし今後、環境問題がさらに大きくなったり、石油価格が上昇した場合に最も環境負荷が少なく、またランニングコストが低いのは鉄道である。
在来線があるから良いという考えも解らないではないが、時間の問題など考えるべきである。
それにもかかわらず高速道路無料化もしくは低価格化を絶対路線で進めている与党。
JALの問題も北陸新幹線の問題も高速道路の問題も、交通に関するグランドデザインが無いから、これだけ混乱するのではないだろうか。
そんな事を言いながら、今年開通したばかりの東海北陸道を使って岐阜県多治見の「ギャルリももぐさ」へ行ってきた。高速1,000円はホント使わせて頂いている。
しかし使うたびに「この政策は間違えている」と感じて仕方が無い。でも使う。
北陸新幹線は本気で1日も早く開通して欲しい、念願であり大願であり、切なる願いである(これくらい言わないと裏日本の東京から見ると下層の民の気持ちは通じまい)。
しかし新幹線が開通する事で、お気に入りの寝台特急北陸号が消えてしまうのだと思うと、新幹線が来る日が、もう少し先でも良いやぁとも思う。
こんな私だから国を責められないと言う理由ではないが責められない。
なぜならば鉄道の未来、自動車の未来、物流の未来、観光の未来、産業の未来、これからの環境などなど、色々なものが影響しあっているのだから、簡単に日本の交通の方向性は出せないのだ。
しかし全ての未来を抱え込むだけの経済力が無くなってきているのも事実。
21世紀でも国土交通省の役割は大きい。

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2009年8月 9日 (日)

大人は矛盾している

大人は矛盾している。

そう聞くと、大人に対する批判に聞こえるだろうか
それとも、ある事実を述べているように聞こえるだろうか。

私がココで言いたいのは
矛盾しているものを抱え続ける事が出来るのが大人であるということ。
矛盾を抱えきれずに、簡単に決着をつけるのは子供なのだ。
もちろん矛盾していれば皆、大人と言うのは倒錯した結論である。

善悪や環境問題、それ以外にも色々とあるのだけれど
矛盾せざるを得ないのだ。

例えばCO2と地球温暖化。
これらを正しいと信じるのも愚であり
これらを認めないと言うのも愚なのだ。

CO2が増加していて地球温暖化が進んでいる
その可能性は高い。
しかし、あくまで可能性が高いと言うレベルの話。
可能性が高いと言う事は
「全然違ってました。てへ」
って事もあると言う事。
だから信じないし、無視して良いという訳ではない。
可能性が高い以上は対応もしなければならない。
すなわち
1、地球温暖化すると困った事になる。
2、地球は温暖化している。
3、温暖化の原因は主にCO2である。
この3つは現時点で可能性が高い以上無視できないし
対策を採らなくてはいけない。
しかし、同時に3つが間違っているのではないかと思って居なければいけない。
間違っていると思うものを、とりあえず信じて対応する。
この矛盾が大人である。

私流に言うと、これを
「ハイブリッド」と呼ぶ。
地球温暖化防止しなくてはということと
地球温暖化は嘘であるということの
ハイブリッドである。
それは全く中途半端であり、無意味だと言うかもしれない。

ハイブリッド車(電気とガソリン)も
精々ガソリン車の2倍位の燃費だというだけで
べつにエコでもなんでもない低燃費な車だというだけである。
CO2を出さない車じゃないと意味が無い。
そう言う人もいる。
それは正しい。
しかし現実から離れてしまっている。
今出来る事は、脱ガソリンを謳いながら
ガソリンが無ければ走らないハイブリッド車という選択しか現実味が無い。

そうやって抜本的な解決が出来ず
問題を先送りすることでしか
現実的には物事を運転していく事ができない。

あぁ考えながら打っているから最初の意図と外れてしまった。
本当は
地球温暖化は悪い事だ!とか
地球は温暖化している!とか
温暖化はCO2が原因だ!と断言している人は
本当に環境については悩んでいないというつもりだった。
同じく
地球温暖化の何が悪い!とか
地球は温暖化していない!とか
温暖化の原因はCO2ではない!という人もいい加減だと言うつもりだった。

どちらも自然(地球環境)の事を解ったつもりで言っている
解ったつもりでなければ「こうだ」とは言えないはずだ。
だから私にとっては、どっちも同じなんだと言いたかった。

「自然の事はよくわからない」

これが正解である。
自然を舐めんなよ!!
そう言いたかったのだけれども、
なんだかグダグダになってしまった。
あーあぁ

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2009年6月20日 (土)

自然と人工

自然が好きですか。
という質問は私からすると意味不明である。
彦坂尚嘉さんの言葉を借りると

彦坂理論では、自然はカオスであって、
基本的に悪です。
弱肉強食であって、そこには礼儀もなければ、挨拶もない。
無視か殺戮かの世界です。

ということ。
基本的には、ここに堕落し
崇高なものは一切排除されていく
なんていうのを付け加えたりしたいのだけれども、それは置いておいて
市場原理も含めて自然は美しくない。
そのときに
自然の偉大さがわからないなんて
とか
自然と人工では人工の方が優れているというのか
などという馬鹿げた質問にうんざりすることもある。
本当に自然を愛する心があるのであれば
自然のままに温暖化も寒冷化も受け入れるべきである。

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2009年6月19日 (金)

意味不明

<今朝のNHKニュースより>
イギリス政府は、国際社会が地球温暖化対策に真剣に取り組まず温室効果ガスの排出を効果的に減らすことができなければ、およそ70年後の2080年代にはイギリスの夏の最高気温が40度を超える可能性があるとする予測をまとめました。

これはイギリス環境食糧省がまとめたもので、まず、石油や石炭などの化石燃料と新たなエネルギー技術を組み合わせた現在と同じ状況で温室効果ガスを排出し続けた場合には、2080年代にはイギリスの夏の気温が平均で今より4度上昇するとしています。さらに、温暖化対策が十分に進まずより化石燃料への依存が強まった場合には、平均気温は12度上がり、ロンドンでは最高気温が40度を超える可能性もあるということです。夏でも比較的涼しいイギリスでは最高気温が30度を超えるのは珍しく、一般の家庭には冷房器具はほとんど備えられていません。こうした現状からも、イギリス政府は気温の上昇が続けば国民生活に深刻な影響を及ぼすとしており、ことし12月に行われる京都議定書に続く新たな温暖化対策の枠組みを話し合う国際会議の重要性を強調しています。
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なんなんだろう
各種の数字が発表されているが可採年数から予測すると
まぁ40~50年後には使用する量は激減しているはずである。
それにも関わらず70年後まで今日と同じように石油を使用したらという話は・・・

むしろエネルギーが枯渇して
寒くて死んじゃうから、面倒だけど石炭使おうぜ
となって中国・インドあたりか汚染された空気が来て
病気にかかって人や植物が死ぬ方が問題になるんじゃないのか?
ほんと環境問題って好き放題に言っていい分野だなぁ

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2009年4月20日 (月)

省エネ大賞の正体

日立子会社のエコ冷蔵庫はウソ…省エネ大賞も返上
 廃棄された冷蔵庫の樹脂を断熱材に使い、製造工程での二酸化炭素(CO2)排出量を48%削減したなどとうたいながら、実際にはリサイクル材をごくわずかしか使っていなかったとして、公正取引委員会は20日、日立製作所の子会社「日立アプライアンス」(東京都港区)に対し、景品表示法違反(優良誤認)で排除命令を出した。


 問題の冷蔵庫は昨年度、経済産業省の「省エネ大賞」を受賞したが、同社は命令を受けて大賞を返上、同省もこの日、受賞を取り消した。

 公取委によると、同社は昨年9月以降に発売した冷蔵庫9機種について、ポスターや新聞広告で「使用済み冷蔵庫の樹脂を極細繊維化し、真空断熱材の芯材として活用」などと表示。しかし、このうち6機種ではリサイクル材は使っておらず、残る3機種も、わずかな量しか使っていなかった。また、9機種の中の1機種では、カタログや自社サイトで「真空断熱材製造工程でのCO2排出量 約48%削減」と表示していたが、実際の削減量は48%を大きく下回っていた。

 同社では昨年、リサイクル材を活用した冷蔵庫の開発を目指していたが、夏頃になって効果的な断熱効果が得られないことが判明。ところが、開発を担当する設計部と、カタログやポスター製作を担当する商品企画グループとの連絡に不備があり、結果的に不当表示になったという。

 また、昨年9月に行われた省エネ大賞選考のためのヒアリングでも、同社は、当時はリサイクル材を使っていない機種しか販売していなかったのに、経産省の担当者に「既に発売済み」と説明していた。省エネ大賞は、消費電力などエネルギー効率だけでなく、製品自体の「省資源性」も考慮して決めるといい、担当課では「省エネ大賞を始めて19年だが、受賞取り消しは初めて。極めて遺憾」としている。

 同社は「お客様に誤解を与え、深くおわびします」とコメントしているが、製品の性能には問題がないとして、返品や交換は受け付けない方針。

(2009年4月20日21時20分 読売新聞)

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2009年4月11日 (土)

レジ袋の話

新聞記事をまとめているュースサイトにて面白い記事を見つけた。
マイバックのせいで万引きが増えている・検挙しづらくなっているそうだ。
私自身もマイバックを使いながら
万引きと思われないだろうか?
と身の潔白の証明をできるように万全の体制じゃないと怖いと感じながら買い物をしていた。
そこでこのニュースである。
エコの御旗を振りかざし、レジ袋をなくした店。
何度も言うように、レジ袋を削減してもCO2は大して減らない。
ペットボトルを禁止するほうが、よほど良い。
万引きを肯定することはもちろん無い。
それでも店側の浅はかさが露呈していて笑える。

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2009年3月17日 (火)

環境問題は解決しました

なんとなく推敲が足りず、これからなのだが上手く育てられない没になりかかってる文章である。

環境というのは無限の要素の集合である。
無限の要素を全て計算に入れることはできないので
地球の温暖化は二酸化炭素の増加が主な原因なのかハッキリしていない。
それどころか地球が温暖化しているのか、していないのかも疑問が残っている。
エコか否かを議論している土台も不安定であり、ハッキリとエコだと言えるものもの少ない。
それなのにエコだと言うものが沢山ある。
環境の複雑さを少しでも理解していれば良いなんて言えないはずである。
環境に良いと言ったとたんに嘘になる。それは健康に似ている。
健康に良いというのは難しい。健康に悪いことを出来るだけ減らす。
それは即健康に良いことである。ストレスは健康に悪いから無くそう。
しかし、それは実現不可能な事である。
実現不可能な事をあたかも出来るかのように言うのは嘘と言ってはいけないのだろうか。
本人は出来ると信じていても嘘である。
では健康を参考に環境に負担をかけない方法を考えてみてはどうだろう。
例えば負荷を全くかけないのも良くない。
負担にも慣れていく。しかしオーバーワークも良くない。
そのバランスを取るのが大切なのだ。だから環境に悪い事もしてもいいのである。
しかしそのバランスが崩れていないかどうかは絶えずケアしてあげなくてはいけない。
環境に良いという事も過ぎれば良くないのだ。だからどのような状況でも環境に良いというものはない。
常に関心を持って付き合っていく。これが環境に良い事だと運動する事も大切だが、
それ以上に、本当に現在の環境にそれが必要なケアなのか。
必要だとしてもケアするのは今なのか、もう少し後なのか。
考え続けることこそが大切なのだ。そういう意味では最も正しい環境問題の対策は現状である。
エコに関心を持ち、何か出来ないか考える。
それで良いのである。
マイバッグだとか、クリーンエネルギーに一気に社会が傾く方が危険なのだ。
環境に善い事したいけれど、何をしたら良いのか解らない人は
「環境に配慮した生活を送っています」と断言できる人よりも正しい。
これから環境に良いというキーワードで社会が雪崩を起こすだろう。
しかしそれよりも現状の方が良い状況だと思う。
現状が最も環境問題が小さいと気付いて欲しい。

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2009年2月 8日 (日)

だから愛なんだって

10代のころ「愛」とか「やる気」「情熱」
なんて言う人は大嫌いだった。
戦時中の教育かよ・・・
だったら愛国心と竹ヤリで戦闘機と戦えってんだ。
それが10年経って、現在
全ては「愛だ」って言い出した。
我ながら解らないものである。

なぜか?
それは
仕事でも
趣味でも
友人関係でも
恋愛関係でも
どのような人・物・事との関係でも
続けていくと必ずトラブルや問題が発生する。
トラブルまで行かなくても、より良くしていこうと思えば
悩まされるに違いない。
どうしたら良いか考える。
悩むことと考えることは同じことだ。

だから全てのことは
そんなに割り切れず
善とか悪とか言えず
真とも偽とも言えないから
延々と悩み続ける・考え続ける他にない。
悩むことは苦しいことである。
出来ればやめてしまいたい。
だから、どこかで解ったことにして打ち切りにしたり
そもそも関係を終わらせてしまったりする。

そんな苦しい関係性を維持しようとする
いつも嫌な思いをして
愚痴って
怒って
嫌って
泣いて
喚いて
憎んで
叫んで
時に目をそらして
忘れようとしてみたりもして
逃れようとしたりもする。
それでもやめない
もしくは
やめることができない

それは何ゆえか

愛としか呼べない。

愛するものを
嫌うことも
憎むことも
時に無視することさえも
愛の一面なのだ。

やめる決断をすることさえも
最高に濃い愛だと思うし
やめた後でさえ
いつか、思いを振り切れず戻ってくるかもしれない
そんな可能性がある限り
すなわち
死が人生を強制終了する瞬間まで
愛なんだと思う。

そんな愛に溢れた関係性の中で生まれた作品(物?人?事?)に私は感動する。

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2009年2月 4日 (水)

LOVE is ALL

どんなことも

どんなものも

喜びよりも

圧倒的に苦しみが多い

それと戦うのは

愛が全てだし

愛しか方法も思いつかない。

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2009年1月29日 (木)

不自然な自然

都市は不自然な所が自然だと思う。
普通に考えたら、この道は真っ直ぐな方が便利。
なんでこんな所で行き止まりになっているのか。
とてもじゃないが合理的じゃない。
普通に考えたら変だ。
違和感を覚える。
それはなぜか?
都市は歴史を堆積させて
例えばそこに真っ直ぐの道を作るのを阻む
何かがあったとか、お屋敷に沿ってあったとか
そういう経緯がある事が自然。
違和感を感じないものは
実は不自然なのかもしれないという
アンビバレンツ

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