文化・芸術

2009年11月23日 (月)

田中信行展-漆が喚起するもの-

発電所美術館へ
「田中信行展-漆が喚起するもの-」を見に行ってきました。
以前にアニッシュ・カプーアの作品で漆で磨きこんだ作品の奥行きに引き込まれたが、それと似たような感覚を感じた。
でもまぁ「現代美術」というカテゴリーでドーンと紹介されるとカプーアの方が上だなぁって思います。
単純に漆造形でこんなことができるんだぁって驚きに行くには良いですよ。
Poster

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2009年11月22日 (日)

オラファー・エリアソン - あなたが出会うとき

行ってきました。金沢21世紀美術館、今年大注目の
「オラファー・エリアソン - あなたが出会うとき」
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いいですね~。
この写真もそうですが、撮るとなんだか意味不明というカメラマン泣かせの作品。
やっぱり本物を体験しなきゃ、写真じゃわからないよ。
そんな作品こそ
現代アートだなぁ
って、感じますよね。
原美術館で個展を観たからいい?
俺も見たよ。
全然違います。
必見

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2009年8月 9日 (日)

大人は矛盾している

大人は矛盾している。

そう聞くと、大人に対する批判に聞こえるだろうか
それとも、ある事実を述べているように聞こえるだろうか。

私がココで言いたいのは
矛盾しているものを抱え続ける事が出来るのが大人であるということ。
矛盾を抱えきれずに、簡単に決着をつけるのは子供なのだ。
もちろん矛盾していれば皆、大人と言うのは倒錯した結論である。

善悪や環境問題、それ以外にも色々とあるのだけれど
矛盾せざるを得ないのだ。

例えばCO2と地球温暖化。
これらを正しいと信じるのも愚であり
これらを認めないと言うのも愚なのだ。

CO2が増加していて地球温暖化が進んでいる
その可能性は高い。
しかし、あくまで可能性が高いと言うレベルの話。
可能性が高いと言う事は
「全然違ってました。てへ」
って事もあると言う事。
だから信じないし、無視して良いという訳ではない。
可能性が高い以上は対応もしなければならない。
すなわち
1、地球温暖化すると困った事になる。
2、地球は温暖化している。
3、温暖化の原因は主にCO2である。
この3つは現時点で可能性が高い以上無視できないし
対策を採らなくてはいけない。
しかし、同時に3つが間違っているのではないかと思って居なければいけない。
間違っていると思うものを、とりあえず信じて対応する。
この矛盾が大人である。

私流に言うと、これを
「ハイブリッド」と呼ぶ。
地球温暖化防止しなくてはということと
地球温暖化は嘘であるということの
ハイブリッドである。
それは全く中途半端であり、無意味だと言うかもしれない。

ハイブリッド車(電気とガソリン)も
精々ガソリン車の2倍位の燃費だというだけで
べつにエコでもなんでもない低燃費な車だというだけである。
CO2を出さない車じゃないと意味が無い。
そう言う人もいる。
それは正しい。
しかし現実から離れてしまっている。
今出来る事は、脱ガソリンを謳いながら
ガソリンが無ければ走らないハイブリッド車という選択しか現実味が無い。

そうやって抜本的な解決が出来ず
問題を先送りすることでしか
現実的には物事を運転していく事ができない。

あぁ考えながら打っているから最初の意図と外れてしまった。
本当は
地球温暖化は悪い事だ!とか
地球は温暖化している!とか
温暖化はCO2が原因だ!と断言している人は
本当に環境については悩んでいないというつもりだった。
同じく
地球温暖化の何が悪い!とか
地球は温暖化していない!とか
温暖化の原因はCO2ではない!という人もいい加減だと言うつもりだった。

どちらも自然(地球環境)の事を解ったつもりで言っている
解ったつもりでなければ「こうだ」とは言えないはずだ。
だから私にとっては、どっちも同じなんだと言いたかった。

「自然の事はよくわからない」

これが正解である。
自然を舐めんなよ!!
そう言いたかったのだけれども、
なんだかグダグダになってしまった。
あーあぁ

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2009年6月10日 (水)

水割りニッポン

「水割りニッポン」
この言葉に、とても今の時代を感じた。
たまたま人のところでフローリスト1月号掲載の谷口正和の「時代ウオッチング」という記事で見かけたものだ。
簡単につまむと、日系流通新聞の調査によると20代は30~44歳世代よりも和風志向だということ。
しかし、その日本文化をそのまま取り込むのではなく、あたかも濃い日本文化の原酒を水で割ったように薄めて取り込んでいる。
それは今の生活になじみやすいという事と、堅苦しい「型」を嫌い、何年も学び続けるという手順を好まないからだろう。
だから書道の基本がなってなくても「味のある字」などと言ったり
作って数ヶ月の松でさえ「盆栽」となり
抹茶を飲むことは、全て「茶道」気分になるのだろう。
精神や、その歴史という部分を抜いてしまうと、とても文化としては貧しいのだけれども
けれども、そこには自分たちにマッチする空気感・雰囲気は確かにある。

茶道、書道、華道、武道など「道」を究めようということではなく
一生掛けて続けるとか
終りが無いとか
そんな長さではなく
楽しいだけで良いんじゃないかなぁ。
そこからしか道へ進もうとする人は居ないんじゃないだろうか。

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2009年5月31日 (日)

植物のうつわ-金澤

G-WING'Sギャラリーで開催中の「植物のうつわ~コントラスト展~」へ行ってきた。
その前に行われたコラボレーション展での小林健二さんの景色盆栽も少し置いてあった。
景色盆栽は良いですね。
本当の盆栽は難しそうだけど、そういった事を置いておいて楽しめそうである。
そして現在やっているコントラスト展の篠原さんの珠洲焼は、もちろん渋くてよい。
注目は上出さんがどんな作品を作ったのかと言うところ。
植木鉢、植木鋏、活力財のアンプル、ポットドール。
どれも良い。
はずし方が上手い。
とってもオシャレである。
そして、どれもキチンと植物が植えられていて機能性も備えているのがすごい。

この企画が雑誌「金澤」の今月号で取り上げられていて、その記事を拝見したのだが、その見出しが上手い。

「うつわ」という言葉に含まれる
「楽しむ」という精神を表現する。

流石北陸トップクオリティの雑誌「金澤」である。
編集部に実力があるということが解る。
コピーライティングも仕事の一つである私も頑張ろう

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2009年3月31日 (火)

無が好きな日本人に最適の趣味

まわりを見ると、趣味が花盛りだ。
手芸、山歩き、ガーデニング、パソコン、料理、スポーツ、ペットの飼育や訓練など、ありとあらゆる趣味の情報が愛好者向けに、また初心者向けに紹介される。
趣味が悪いわけではない。だが基本的に趣味は老人のものだ。
好きで好きでたまらない何かに没頭する子どもや若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう。

老人はいい意味でも悪い意味でも既得権益を持っている。
獲得してきた知識や技術、それに資産や人的ネットワークなどで、彼らは自然にそれらを守ろうとする。
だから自分の世界を意図的に、また無謀に拡大して不慣れな環境や他者と遭遇することを避ける傾向がある。

わたしは趣味を持っていない。
小説はもちろん、映画制作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。
息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、海外のリゾートのプールサイドで読書したりスパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言えない。

現在まわりに溢れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練されていて、極めて安全なものだ。考え方や生き方をリアルに考え直し、ときには変えてしまうというようなものではない。
だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。
心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。
真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。

つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。


以上は村上龍さんの上梓された「無趣味のすすめ」のコメントである。
この中で特に気になったところに線を引いた。
村上さんは仕事を金銭のやりとりや契約や批判が発生するものと定義している。
この定義は中々に良い。
特に「批判」が発生するものは仕事なのだ。
ここでひとつ気になった。
なぜ批評ではなく批判という言葉を選んだのであろう。
批判と批評について再確認してみた。

批評;
事物の善悪・優劣・是非などについて考え、評価すること。

批判;
1)物事の可否に検討を加え、評価・判定すること。
2)誤っている点やよくない点を指摘し、あげつらうこと。
3)〔哲〕人間の知識や思想・行為などについて、その意味内容の成立する基礎を把握することにより、その起源・妥当性・限界などを明らかにすること。

解るようで解らない。
私が批判を使用する場合はどうしても2のニュアンスに引きずられてしまう。
批評よりも批判のほうが厳しい感じがする。
それ以上のことは、なんとも言えない。無力・・・
厳しい意見にさらされる危険があるかどうかという風に理解しておけばいいのだろうか。
ただ評価されるだけならば趣味の世界も評価はされるからであろうか。
このあたり、きっちり解るように誰か説明してほしい。

どちらにせよ私の中の仕事の定義が更新された。

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2009年3月 3日 (火)

なかなか良かった

ガレリアポンテで開かれている
小泉拓郎 展 Sculpture Exhibition
「地ニ還ル」 "it returns to the ground"
を見た。中々に面白い作品である。
繊細で壊れそうな彫刻というのはあんまりない。
それから今日(日付的には既に昨日)は
金沢美大の卒業式だった。
これから独立行政法人となっていく大学自身も
卒業生も
中々に大変だろうが頑張ってください。

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2009年2月 8日 (日)

だから愛なんだって

10代のころ「愛」とか「やる気」「情熱」
なんて言う人は大嫌いだった。
戦時中の教育かよ・・・
だったら愛国心と竹ヤリで戦闘機と戦えってんだ。
それが10年経って、現在
全ては「愛だ」って言い出した。
我ながら解らないものである。

なぜか?
それは
仕事でも
趣味でも
友人関係でも
恋愛関係でも
どのような人・物・事との関係でも
続けていくと必ずトラブルや問題が発生する。
トラブルまで行かなくても、より良くしていこうと思えば
悩まされるに違いない。
どうしたら良いか考える。
悩むことと考えることは同じことだ。

だから全てのことは
そんなに割り切れず
善とか悪とか言えず
真とも偽とも言えないから
延々と悩み続ける・考え続ける他にない。
悩むことは苦しいことである。
出来ればやめてしまいたい。
だから、どこかで解ったことにして打ち切りにしたり
そもそも関係を終わらせてしまったりする。

そんな苦しい関係性を維持しようとする
いつも嫌な思いをして
愚痴って
怒って
嫌って
泣いて
喚いて
憎んで
叫んで
時に目をそらして
忘れようとしてみたりもして
逃れようとしたりもする。
それでもやめない
もしくは
やめることができない

それは何ゆえか

愛としか呼べない。

愛するものを
嫌うことも
憎むことも
時に無視することさえも
愛の一面なのだ。

やめる決断をすることさえも
最高に濃い愛だと思うし
やめた後でさえ
いつか、思いを振り切れず戻ってくるかもしれない
そんな可能性がある限り
すなわち
死が人生を強制終了する瞬間まで
愛なんだと思う。

そんな愛に溢れた関係性の中で生まれた作品(物?人?事?)に私は感動する。

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2009年2月 7日 (土)

コラボレーション

すごい組合わせである。

歌手、浜崎あゆみ(30)が米映画「DRAGONBALL EVOLUTION」の全世界テーマソング「Rule/Sparkle」で原作者の人気漫画家、鳥山明氏(53)と強力タッグを結成する。

って奴。
なんと言っても
漫画=オタク
あゆ=ギャル
だとすれば
分かり合える事のなさそうな
「オタク×ギャル」のコラボである。

しかし
こんなの驚くことでは無いのだろう
覆面の男が政治の舞台に上がるかと思えば
水着の美人政治家もいて
文学館にはポルノもあり
美術館に便器が展示され有難く拝見され
アートオークションにアニメフィギュアが高値が付く

とんでもない物

なんて物は実は存在しない。
トイレに便器があるのは当たり前である。
秋葉原に美少女フィギュアがあるのも当然。
それが美術館にあるから
とんでもない物になるのだ。
物が変わった訳ではない。
関係性が変わったのだ。

と、言うことはトラディショナルであればあるほど、そこに意外性を持ち込むことが可能なのだ。
堅苦しい世界ほど面白いと言う
まさにアンビバレントな事が起こっている。

だから、どの業界を見回しても古臭い物の
埃を払いながら必死に探しているではないか。

現代アートは骨董どころか化石まで持ち出し
最先端を歌うセンスある雑誌の特集は
「農業」
「利休」
「盆栽」と来たもんだ。
これは温故知新ではない。
なぜか
新しくないのだ。
単なる物質主義か昔へ戻ろうである。

それでも「ギャル文化×オタク文化」
みたいな、新しい文化交流もあるから楽しい。
2347za

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2009年2月 5日 (木)

お勧め企画

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今日2つの企画(ギャラリー)を回ってきた。

1つは石田屋犀川店(金沢市)の
大宮静時×神代良明さんの
「いままでにない器といままでにないガラス」(~2/9)
神代さんのガラスは素晴らしい。
いつか一つ欲しいと思っているのだが
今回の企画では大きい作品と、小さい作品しかなく
程よい大きさが無かったため断念。

もう1つは工房SHOP SAKAI(野々市町)の
「浜松・由美画廊版画コレクション展」(~2/16)
浜松で30年以上、版画を中心にしたギャラリーをされている方のコレクションだけあって、そのラインナップは感動的である。
美術館の学芸員が公務員化(学芸員の責任ではなく仕組みの責任ではある)するのに対して
このコレクションの素晴らしさといったら・・・
しかも今回のコレクションは販売もされる。
しかも版画なので価格も安い。
石川県のアートファン、この期間中に石川県・金沢市へ訪れる方は必見の企画です。
入場料を払っても惜しくない企画です。
この時点で09年のベストエキシビジョンへノミネートです。

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