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2009年2月

2009年2月27日 (金)

犬も歩けば棒に当たる

「見切師」だという人物に出会った。
基本的に酒が好きではない私は夜は出歩かない。
年に10回は飲まないと思う。
しかし今夜は何か出歩きたくなって出かけた。
そしたら、その男と出会った。
とても面白い人で、大変仲良くなった。
これは人生を変える出会いだったと
きっと今夜を後から思い出す日が来るだろう。
だから一応、何の意味も無いけど記録しておく。
絶対飲まない男が飲みに出る
そうして金沢に偶々やって来ていて、明日にも海外へ行くという男と出会う。

これを偶然と呼べるだろうか。

彼に呼ばれたのか。

自分には変化を感じる勘があるのか。

まぁ、不思議な日だ

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2009年2月24日 (火)

痩我慢

痩我慢について書いている内田樹氏のブログ記事が面白い。
痩我慢は内田氏がいつも言う「大人」でなければしない事だろう。
まぁ、こういうことを書いているときに
情けないオトナ(これは只成人しているひと)の顔がいくつも浮かんでいるのだが
そういうオトナは、漏れなく自分に都合よく解釈する。
だから同じ文章を読んで
同じように「素晴らしいですね」と感想を述べる。
私は震えるほどの嫌悪感に疲れて
もう口を開けなくなる。

どうせならもっと誤解しつくしていれば美しいのかもしれないのに

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2009年2月23日 (月)

ほとんど引きこもった日曜日

現代アートのギャラリストとして有名な
小山登美夫著「現代アートビジネス」を読む。
まぁそんなに驚くほど新しいことは無くて
すごく正論なアートマーケットを作ろうという想いがわかる。

その中で日本のアートには「批評」が足りないというフレーズを読んで思い出した人物が二人居る。
一人はアート情報サイト「芸力」を運営する竹本さん
もう一人は「金澤アートイベントカレンダーイコール」を発行する中西さんだ。
両氏は自分の気に入っている作家の展示に出かけて
この作品はこの見せ方は違うとか
この作品って、中途半端だとか
やりたい本音を隠してるんじゃないのか
と、ほとんどクレーマーのようにイチャモン
もとい批評をして歩いているらしい。大したもんだ。

批評はとても大変な事である。
批評する側はとても危険を伴い
それにも関わらず利益はない。
ハイリスク、ノーリターンだ。
それでは批評する人なんて増えないに決まっている。

新書になってベストセラーになれば多くの人の目に触れる。
色々な方法をミックスして現代アートを普及するのは効果的だろう。
問題もあろう。しかし小山氏は上手いと思う。

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2009年2月22日 (日)

理系クン

R25の理系特集「隣の理系がワカラナイ」が面白い。
理系の性質を、ほどよく研究し
理系の恋愛感まで取り扱う。
そんな私も理系なので、納得しながら読めた。
良い企画です。ぜひご一読を

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2009年2月21日 (土)

山羊と羊

森達也さんの記事(09.2.17毎日新聞)のコピーをもらった。
タイトルは

暴走防ぐ「違和感」

その中で、いつも私が感じ
行動していることを裏付けるかのような言葉があったので紹介したい。

以下記事より
-----------------
おもしろい話を聞いた。モンゴルでは羊の群れに何頭かのヤギを放すという。
群れへの依存度の高い羊は草を食べ尽くすとその場で立ちつくしてしまう。
ヤギは違う。
草がなくなれば別の場所に向かう。
結果として羊も移動する。
「ヤギは群れようとしない。同調圧力に強い。
摩擦を起こし足並みを乱すことで、破滅的な危機から群れを救っているわけです。
私たちも同じですよ。個人が抱く『違和感』という『摩擦』が危機的な集団暴走を防ぐ」
-----------------

群れない人
みんなの『善い』に加わらない人
誰も言ってくれないなら自分で言おう
私はヤギだ。

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2009年2月20日 (金)

こんな記事を見かけた(産経新聞)
----------------------
神社で祈祷(きとう)を受け、パッケージに
「合格祈願済」などとうたう
“合格グッズ”の発売が相次いでいることを受け、
神社本庁(東京都渋谷区)が「神社の尊厳を損なうことになる」と
全国の神社庁に同種の祈祷の問い合わせには応じないよう
通達していたことが18日、分かった。
神社本庁では「営利優先の商業活動が顕著になっていることは遺憾。
今後の神社運営に大きな影響を与えかねない」と懸念を示している。
----------------------
最近の「何でもかんでもビジネス」にウンザリしていた人からすると
良いニュースに見える。
企業ビジネスがまるでスピリチュアル詐欺と近づきつつあるとか、
そういう事も興味あるのだけれども
今回、一番気になったのは問題の理由
「神社の尊厳を損なうことになる」
という点。
なんと言おうか。
結局は自分のところの問題ですか・・・
利他の心を宮司さんに説きに行かなくてはいけないのか。
釈迦に説法
という言葉の意味が変わってしまわない事を祈る。
神社で祈祷してもらうか?

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2009年2月19日 (木)

負けない哲学

隈研吾さんは「負ける建築」という事を言う。
そしてまさに今日現在はこの概念が、主流となっている。
物質主義、サイトスペシフィック、まぁそんな感じ。
という訳で、それに対抗するわけじゃないけれど
「負けない哲学」で行こうと思う。
簡単である。
一般的な勝ち負けで言えば
積極的に負けてしまえば良いのである。
負けるが勝ち。
その方が、色々と学ぶ事は多い。
負けるが勝ちで、私は勝つ。
でも表面上は負けている。
本当に勝ってしまったら
それは勝ちだから良いのである。
かくして勝ったら勝ち。
負けても、負けるが勝ち。
負けないのだ。
負けない私。
誰も負けない社会。
いいんじゃない?

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2009年2月17日 (火)

嫌われている?

中川大臣・・・・
一体どうしたんですか?
そんな風に聞かずに居られない姿だった。
あんな状態なのに
白川総裁はなぜ平然としているのだろう。
周りの人も、なぜ無理やりにでも
「大臣は具合が悪いようなので」
とか言って、引きずり降ろすことはしなかったのか
おかしくなっている人には
責任は少ない。
なんてったって
心神喪失の者は罪を問われない
という法律だってあるのだ。
殺人に比べれば、ラリった会見くらい・・・
とは言いすぎか。
周りの人も、みんな狂っていたのだろうか。
違うとすれば
中川さんは嫌われていたから放置されたのだろう。
でも
嫌いだからという理由で
国家の恥を未然に防がない人は
やはり狂っている。

ほんと理解できない。

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2009年2月16日 (月)

頭がごちゃごちゃ

なんとなく頭の中が整理できないで居る。
難しいことを聞かれた。
一緒に仕事をしたい人は中々こっちを向いてくれない。
一緒にしたくもない人は、なるべく避けているので、まぁあんまり問題は無い。

全ては関係性の中にしか存在しない。
そうはいっても
関係性は常に変わるので、それに合わせていると
非常にしんどい。

やはり、やりたいことをしなければ
ただ振り回されて終わるしかない。
しかし、やりたいことは
金にならない。

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2009年2月12日 (木)

大人は嘘つき

あるキュレーターの方と話をした。

アートは地域振興の為のもの
そんなの嘘である。
だけど最近は地域振興を掲げなければ
アートイベントに予算は付かない。

エコは人類の課題。
そんなの嘘である。
だけど最近はエコじゃなければ
悪者扱いである。

嘘をつきながら仕事をするしか
本当に道が無いのだろうか。

真っ直ぐに生きていたいと思う私は
子供なのだろうか。

いつか大人になれるのだろうか。
いつか平気で嘘のつける大人に

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タイミング

タイミングというのは難しい。
電話は打ち合わせ中にかかってくる。
もしくは電話中に鳴る。
かけ直すと、相手が電話している。
一方が忙しく、他方が暇だと
気持ちがズレてしまう。
今欲しい、でも今を逃すとチャンスが無くなる。
そんな事はいっぱいある。
あと10分遅くやってくれば良いのに
大事な10分にあわせてやってきたりする。
そんな時は
「今忙しいから」
そんな一言を言う時間さえもイライラする。
冬にあまりに暇だったので
種まきをした。あっちこっちに声をかけて
反応が無いから、さらに他へ種をまく。
それを続けていたら
春になったら、同時に芽を出した。
こんな事ってあるのだろうかというほど
タイミングよく揃った。
嬉しい反面
同時に来てしまったがゆえに
逃してしまうものも出てくるだろう。
そんな時は、周りはサポートしてくれるか
それが出来ないなら邪魔をしないで欲しい。
そんな思いが、折角の良い流れを殺してしまうほど
精神的に・・・・・・・
つぶされない様に頑張ろう。

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2009年2月11日 (水)

速くしろ

それにしても
定額給付金ばっかり話題にして
その割に、いつ貰えるのか謎

環境問題と同じで
効果が有るか無いかで言えば
ハッキリ言おう

ある

しかし、どの程度あるのかのは不明。
解るのは神様くらいのものである。
やって効果の無い政策なんて無い。
絶対になんらかの効果はある。
費用対効果で見るとマイナスかもしれないが
やれることは全部すればいい。
民主党というには絶対票を入れたくない。
野党は批判するのが仕事だと勘違いしている
今回の場合、対案なんて不要である。
自民と民主と協力して
両方やればいい。
2ヶ月なり3ヶ月なりズラして
財源だって、それぞれセットで提案して
どっちがより日本を良くしたのか
どっちがより日本を悪くしたのか
見てみれば良いじゃないか。
それ位やっても良い状況である。

しかし私は思う。
結果は結果として出てくる。
しかし結果というのは愚かなものだ。
なぜ愚かか?
馬鹿でもその判定が可能だという点においてである。
現実問題というのは
タイミングや評価の方法や評価範囲によって
色々な結果を生む。
すなわちジャッジする人間によって変わるのだ。
結果というの実は誰かの決めた結果であるので
我々は結果に対して、あるジャッジの加わったものにジャッジする
メタジャッジをしているだけなのだ。
いや他人のジャッジの鵜呑みだからだ。
余程の知識が無ければジャッジというのは出来ない。
それはスポーツの審判を見れば解るはずだ。

だからほとんど結果は運だし
国民が理解する時には
情報リソースを編集した人間が、
その結果を一任されていると言っても良い。

だから何をどうしても
正しい判断なんて出来ない。
ではどうするのか?
石沢流でいうと判断のプロセスの評価をするべきだと考える。
なぜこれをしたのか?
その時点での判断の妥当性を精査する。

だとすれば対案の内容なんかどーでもいい。
どうやって実現させていくのか
その手法こそ見られていると
野党は意識すべきである。

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いざニーチェ

春になって気力が充実してきたので
恐ろしくて手をつけていなかった
ニーチェの「善悪の彼岸」を読み始める。
やはり半端でなく難しい。
ニーチェ以前の哲学を簡単だとは言わない。
しかしニーチェ以降の哲学は
その難しさのレベルが
ドーン
と上がるように感じる。
こんなものを多くの人が読み
理解しているのかと思うと
自分の理解力の低さに歯軋りし
もっと学ばなくてはいけないことを痛感する。
そうはいっても
日常の諸事情が私の時間を奪うし
落ち着いて読もうとする時間には
睡魔がやってくる。
いつ読み終えるのだろう・・・

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2009年2月 8日 (日)

明日があっても

ホンダがF1から撤退。
スバルとスズキがWRCから撤退。
三菱自動車がダカールラリー撤退。

さて、彼らはこれから何を売るつもりなのだろうか
車が好きな人はこれらのモータースポーツを楽しみにしているだろう。
そうではない人々は最初から車は単なる乗り物である。
単なる乗り物は「環境性能」も「乗り心地」も関係ない。
購入者が見ているのは

コストパフォーマンス

それとほんの僅かのデザインくらい。
それは単なる技術競争の産物である。
少しでもコストパフォーマンスを上げる為に
あの部品を使った方が良いのに
この部品で我慢する。
あんな構造だと良いのに
こんな構造でしか作らせてもらえない。
そんな車は自動車会社から愛されて旅たつ息子なのだろうか。
その車は今後ユーザーに愛される存在になるだろうか。
その車は、その企業を代表するようなイメージを持っているだろうか。

愛の無い製品しか生まれないような企業体質へ邁進中である。
これからの自動車メーカーは誰に車を売る気なのか?
本気でトヨタと技術戦争して勝つつもりだろうか。
世界中で売るつもりならば、日本人にモータースポーツが不人気でも良いじゃないか。
夢のある舞台で戦わないで企業のイノベーションはどうなるのだろうか。

自動車業界には
明日があるのに
明後日は無い。
そんな風に見える。
愛のある自動車メーカーがこれから参入してくるだろう。
きっと20年後、自動車メーカーの数は今の数倍になっているだろう。

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だから愛なんだって

10代のころ「愛」とか「やる気」「情熱」
なんて言う人は大嫌いだった。
戦時中の教育かよ・・・
だったら愛国心と竹ヤリで戦闘機と戦えってんだ。
それが10年経って、現在
全ては「愛だ」って言い出した。
我ながら解らないものである。

なぜか?
それは
仕事でも
趣味でも
友人関係でも
恋愛関係でも
どのような人・物・事との関係でも
続けていくと必ずトラブルや問題が発生する。
トラブルまで行かなくても、より良くしていこうと思えば
悩まされるに違いない。
どうしたら良いか考える。
悩むことと考えることは同じことだ。

だから全てのことは
そんなに割り切れず
善とか悪とか言えず
真とも偽とも言えないから
延々と悩み続ける・考え続ける他にない。
悩むことは苦しいことである。
出来ればやめてしまいたい。
だから、どこかで解ったことにして打ち切りにしたり
そもそも関係を終わらせてしまったりする。

そんな苦しい関係性を維持しようとする
いつも嫌な思いをして
愚痴って
怒って
嫌って
泣いて
喚いて
憎んで
叫んで
時に目をそらして
忘れようとしてみたりもして
逃れようとしたりもする。
それでもやめない
もしくは
やめることができない

それは何ゆえか

愛としか呼べない。

愛するものを
嫌うことも
憎むことも
時に無視することさえも
愛の一面なのだ。

やめる決断をすることさえも
最高に濃い愛だと思うし
やめた後でさえ
いつか、思いを振り切れず戻ってくるかもしれない
そんな可能性がある限り
すなわち
死が人生を強制終了する瞬間まで
愛なんだと思う。

そんな愛に溢れた関係性の中で生まれた作品(物?人?事?)に私は感動する。

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2009年2月 7日 (土)

コラボレーション

すごい組合わせである。

歌手、浜崎あゆみ(30)が米映画「DRAGONBALL EVOLUTION」の全世界テーマソング「Rule/Sparkle」で原作者の人気漫画家、鳥山明氏(53)と強力タッグを結成する。

って奴。
なんと言っても
漫画=オタク
あゆ=ギャル
だとすれば
分かり合える事のなさそうな
「オタク×ギャル」のコラボである。

しかし
こんなの驚くことでは無いのだろう
覆面の男が政治の舞台に上がるかと思えば
水着の美人政治家もいて
文学館にはポルノもあり
美術館に便器が展示され有難く拝見され
アートオークションにアニメフィギュアが高値が付く

とんでもない物

なんて物は実は存在しない。
トイレに便器があるのは当たり前である。
秋葉原に美少女フィギュアがあるのも当然。
それが美術館にあるから
とんでもない物になるのだ。
物が変わった訳ではない。
関係性が変わったのだ。

と、言うことはトラディショナルであればあるほど、そこに意外性を持ち込むことが可能なのだ。
堅苦しい世界ほど面白いと言う
まさにアンビバレントな事が起こっている。

だから、どの業界を見回しても古臭い物の
埃を払いながら必死に探しているではないか。

現代アートは骨董どころか化石まで持ち出し
最先端を歌うセンスある雑誌の特集は
「農業」
「利休」
「盆栽」と来たもんだ。
これは温故知新ではない。
なぜか
新しくないのだ。
単なる物質主義か昔へ戻ろうである。

それでも「ギャル文化×オタク文化」
みたいな、新しい文化交流もあるから楽しい。
2347za

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2009年2月 6日 (金)

生きることは疲れる

今日は大いに喋った
今日は大いに楽しんだ
今日は大いに笑った
今日は大いに働いた

人は
泣いても
怒っても
笑っても
疲れる。

とても疲れたので。
よく眠れそうだ。
今日は大いに寝る。

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2009年2月 5日 (木)

お勧め企画

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今日2つの企画(ギャラリー)を回ってきた。

1つは石田屋犀川店(金沢市)の
大宮静時×神代良明さんの
「いままでにない器といままでにないガラス」(~2/9)
神代さんのガラスは素晴らしい。
いつか一つ欲しいと思っているのだが
今回の企画では大きい作品と、小さい作品しかなく
程よい大きさが無かったため断念。

もう1つは工房SHOP SAKAI(野々市町)の
「浜松・由美画廊版画コレクション展」(~2/16)
浜松で30年以上、版画を中心にしたギャラリーをされている方のコレクションだけあって、そのラインナップは感動的である。
美術館の学芸員が公務員化(学芸員の責任ではなく仕組みの責任ではある)するのに対して
このコレクションの素晴らしさといったら・・・
しかも今回のコレクションは販売もされる。
しかも版画なので価格も安い。
石川県のアートファン、この期間中に石川県・金沢市へ訪れる方は必見の企画です。
入場料を払っても惜しくない企画です。
この時点で09年のベストエキシビジョンへノミネートです。

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あなたが働く理由はなんですか?

「久米宏のテレビってヤツは!?」という番組で
「あなたが働く理由はなんですか?」という質問をしていた。
色々な人、出演者、様々な意見が出ていた。

実は私の意見では
「あなたが働く理由はなんですか?」
という質問は、質問自信が間違えている。
間違った問いには解答できない。
それは数学でも任意の数nに対して
n/0=?
というのはそもそも間違いだ。

ではなぜ
「あなたが働く理由はなんですか?」
は間違った問いなのか。
それは元々
「人は働くもの」だからである。
同じような間違った問いをあげれば
少しは伝わるだろうか。

「私のこと、なんで好きなの?」
好きであることに理由は無い。
長生きに理由が無いのと同じである。

「私のこと、なんで嫌いなの?」
この問いにはかなりスラスラ答えられるだろう。
病気になるのに理由があるようなものだ。

ほとんどの問いは、
ある時点からオカシナことになる。

なぜマンゴーが好きなのか?
⇒美味しいから。
なぜ美味しいと思うのか?
⇒甘酸っぱいから。
この辺までは良いだろう。
しかし
なぜ甘酸っぱいのか?
なぜ甘酸っぱいと美味しいと思うのか?
他にも甘酸っぱいものがあるのに、なぜマンゴーなのか?
全てのマンゴーは美味しいのか?
実はこういった事に対して
答えることは出来ない。

そして答える事ができたとしても
そのことを答えられる自分に
自分自身が変化すると
客観化されたりして
違和感を感じたり
覚めたりする。
答えた瞬間に
それまで真であった答えさえも
間違いになる。
人間は変わるのである。
だから、やはり答えることができても
答えることが出来ない。

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2009年2月 4日 (水)

LOVE is ALL

どんなことも

どんなものも

喜びよりも

圧倒的に苦しみが多い

それと戦うのは

愛が全てだし

愛しか方法も思いつかない。

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2009年2月 3日 (火)

素材主義

負ける建築という言葉が流行ったので、どうしても安易に使いたくなってしまうのだけれど
ようは素材、要素が大事だということ。
これは金融資本主義みたいな実態もなく
一部の現代アートのような技術は無くてコンセプトだけみたいな
それらにコリゴリした我々が
その反動で逆側に振れているだけだと思う。
しかし我々は人間であり
肉体を持っていて
その肉体はヒトなのである。
であれば、素材を無視して色々と出来るわけが無い。
そう考えたとき、私達の世界観はどうしても繋がっているので
それがあらゆるジャンルに飛び火する。
WEBも然り。
情報さえあれば良いというのであれば
WEBは部数の制限もなく
空間の移動も不要であり
流通コストもかからない。
エコロジーでエコノミーである。

それでも我々は紙のメディアを捨てない。
むしろ益々紙メディア自信を愛している。

表層的なWEBと肉体を伴った紙メディア
これは全く違うものである。

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2009年2月 2日 (月)

ピンシュ!

ある偉い人がスピーチのときに
「ピンチはチャンス」といい間違えて
「ピンシュ」と言った。
偉い人だし、聴衆も全員ネクタイという場だったので
誰一人、クスりとも笑わなかった。

別に面白い言い間違いだと
笑いたいのではない。
「危機(ピンチ)」というのは
危険と機会(チャンス)だというのは
よく聞く。

それをもっと短く
強い一言で表す言葉は無い。
だから意外と「ピンシュ」というのは
新語としてアリなんじゃないかと
そう思ったのです。

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2009年2月 1日 (日)

無駄使い

私は普段はあまり音楽を聴かない。
そのくせスピーカーやヘッドフォンは好きなのだ。
今日もついつい寄ったヤマダ電機でやってしまった。
ソニー製ノイズキャンセリングヘッドフォン
MDR-NC40を買ってしまった。

Mdrnc40

この手のものの怖いのは

買って使わないと良さが解らない

という事である。
ちょっとお店で付けてみても解らないのだ。
という訳で、またしても使われることの無い物が
タンスの肥やしになる。

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