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2008年11月12日 (水)

ネットの信頼性

インターネットの情報を信頼している人が多すぎる。
ネットの内容は基本的には無責任であるのだ。責任というのは個人に帰属する。
企業の責任は経営者に帰属する。経営者は必ず個人である。
ネットは匿名性の世界だ。だから個人と言うものは基本的に「石沢三郎のブログ」とか「石沢商事HP」というものでなければ責任の所在は失われる。
だからこそ後ろめたいような、売春・買春などの出会い系には持って来いのシステムである。
しかし、それ以外での出会いを生むことは無いように思われてならない。
インターネットが世界に繋がっているというのも大きな勘違いだ(特に日本語がメインの場合)。
それでも新聞社などのHPの信頼性が高いのは、紙媒体を発行する信頼できるニュースソースだと言うことがバックにあるからであり、ネットオンリーのニュースソースと一線を画する。
はずだったのだが、最近はどうにも違うらしい。
仕事仲間などを見渡すと、ネットの情報に対する認識力が著しく落ちているように感じる。
ウイキペディアなど実名を持たない個人が編集できる情報ソースを信頼してしまうのだ。信頼の仕方には色々あるのだが、例えば「アマゾンの書評」「カカクコムのレビュー」「インターネット辞書」「2ちゃんねるだとかの掲示板」「WEB2.0に代表される相互的なもの」これらはやろうと思えば操作可能なものなのだ。
実名を持って運営されているものでさえ間違いは起こる。
それなのに実名を持たないような物を信じるなんて・・・・実名を持つという事は、そこに責任者がハッキリと明示され、その発信元に対して確実にクレームを言い、それに対する説明を要求でき、それに真摯に応えるシステムが用意されている事を指す。
攻撃してくれと個人が身をさらしているからこそ信頼できるのだ。安全な位置から、好きな発言をしている人間を信頼できるわけが無い。
ネットリテラシー(情報リテラシー)をもう少し身に着けてほしい。
長くなったがネットの信頼だとか、リテラシーの問題を取り上げたのは、友人から最近教わったサイト「虚構新聞」がすごく面白くて紹介しようと思ったからである。
普通に読んで大笑いした。考えるに面白さの源泉がリアリティであり、ありそうでありえない、というキワどさの中にあると思ったからである。
ネットの嘘と本当というのは何なのかリアリティがリアルになってしまう事に対する問題。
虚構によって現実が生成される怖さが笑いの中に潜んでいる。

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