« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月24日 (火)

沈黙の後は

今日もまた「爆笑問題のニッポンの教養」から。

「環境が良いとかいうのは、人間にとって豊かかどうか。」やっぱりそれでしか評価できないなと、改めて感じる。

農民は国土のガーディナー。というような言葉があったと思うのだが、はっきり思い出せない。自然は手入れをしなくては、人間に有益なものにならない。

地球上の隅々まで開発するべきだとさえ思う。開発の意味は随分違うが。

収穫間近の桃が数千個盗まれたというニュースをしていた。もうすぐ食料の不足が起こる。いや、既に安全、美味しい食は高級化が始まった。

農家・農業にとっては総合的には良い事なのかもしれない。しかし、金になると知ればニュースのように盗んだり、偽装したり(これも最近は多すぎて例をあげるのも難しい)と悪事を働く者が増える。

逆に子供が登下校中にイチジクやグミ、柿を盗み食いするのは最近は皆無だと聞いた。

もしかすると子供の柿泥棒が復活するかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月16日 (月)

ご冥福をお祈りいたします

宮城の地震で観光プランナーの麦屋弥生さんが亡くなった。

私の大切な読者であり、彼女の意見や感想は大きな励みだった。

失った人の大切さに、今、ただ、呆然とするしかない。

最後に送ったメールの返事が、もう期待できないというのは寂しくてしかたない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月14日 (土)

B型自分の説明書!?

B型自分の説明書」という本がベストセラーだそうです。人気過ぎてA型、AB型も発売されたそう。基本的にゲームか遊び感覚でやっている間は良いと言うけれど、、、個人的に只の話題と嫌ってはいないし、面白いと思うと断った上で考えて欲しい。

一時期、血液型占いなどでイジメや偏見が広がるとテレビなどで加熱しかかったブームが禁止(?)されたのをもう忘れてしまったのかと思う。

どれほど遊びだと思っても、こういったものは無意識に蓄積され、記憶の編集がなされた時に真偽や噂などは混ざってしまう。

こういった類の本を読むことで、ものを見る目が歪むことを自覚したほうが良い。人はそうやって知識を得るほどにレンズが歪んで、真実から遠ざかるのだ。

自分で自分の目玉をえぐる人は居ないだろう。それは言い過ぎだろうが、例えばシンバルの音だけが聞こえなくなる病気があったとしよう。シンバルの音なんて聞こえなくても困ることは、ほとんど無いだろう。それでもあなたの世界は気づけないくらい少しだけ貧しくなる。

こういった本を読むと顕著に、そうでなくても知識を得るということは、あなたに偏見を与える。

それに苦しむレベルにまで到達していないならば、あなたは既に狂いきっているか、全く学んでいないか、よほど鈍感かの3つに1つだ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月13日 (金)

ココロのカタチ

パラ:サイトで始まった「ティアラ~ココロのカタチ~」を観る。

Dentiara

アクセサリーなどには興味が無いのだけれど、ココロのカタチとはなんぞや?と思い観てみた。マリッジブルーという言葉があるように結婚は幸せ一色の単純な世界ではない。

場合によっては「恋愛の墓場」とさえ言われるし、二人の生活の再スタートでもある。

そんな未来へ対する不安や、危険さ、脆さや、過去の決断へ対するブレとして浮気なんてタイトルを見るとドキッっとしてしまう。

作品は全てガラスだという。壊れやすいココロ、壊れるまでは美しいココロ、壊れた瞬間に刃物になりそうなココロ。こころ、心、ココロ、kokoro・・・

ジューンブライトの元にもなった女神ジュノは現代人の結婚観をどう見るのだろうか。

この企画、結婚を控えている、お考えの方は共感できるかも?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蟲師

蟲師を観ました。

世界観はおもしろいのだけれども、映画としてはよくわからん。

ただ、映像・衣装はきれいにまとめている。なんだか最近の邦画は作り手側の盛り上がりしか感じない。それは私の問題なのだろうか、どういう風にそれを解釈したらいいのか、蟲師に診てもらいたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月12日 (木)

さくらん

「さくらん」を観ました。

個人的に見所は菅野美穂やら美人さんたちの背中、、、、と正直に言うしかないかも。

女性監督で映画=アートだと女性は脱ぎやすいんだろうな。

ストーリーは平凡。初めて観た気がしないレベル。

音楽は私も大ファンである椎名林檎。だけどピン!とこないというか・・・まぁJ-POPの人間をアーティストと読んでいいのかは、大いに謎なのではあるが、表現者として椎名林檎は素晴らしい。しかし表現者は自分の表現として、自分の訴えたいことというか、湧き出るものを表現して良い作品を作れる。そうおもうと一部のアートの業界人が問題視しているコミッションワーク(依頼された仕事)のようなものは、どうなのか。というあたりがイマイチ感を出したのかもしれない。

花は現代お花屋さん界のトップスター、東信。「斬新」「驚き」の花があふれる。しかしそれは美しいとは、また別物。花を生けるというのはどお言うことか。花を飾るとはどう違うのか考えてしまいます(悪いと言っている訳ではないですよ)。

花にも通じるのだけれども蜷川監督の全体の色彩感覚。あれを観て女性は綺麗と言ってしまうんだろうか。強烈な色の感覚はまるで歌舞伎町・・・でも吉原遊郭だから、それでいいのか。歌舞伎町だから椎名林檎なのか?と繋げ始めると、そおいう世界らしさは出ていたね。

映画(アートなんでも)は観終わった時に残るものが大切だと思う。

本作品は見終わったときに心には何も残らず、ただ派手さに疲れるような感じだった。ってちょっと酷評すぎますかね・・・だって、あのキャスティングでこのレベルなんですよ・・・邦画には頑張って欲しいのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月11日 (水)

ラメットとジェネット

ラメットジェネット。どっちがどっちだっけ?とよく混同してしまう。

植物は群で生きている。その群と思っているものが一つなのだ。例えば一山全部が一つの植物固体という場合もある。竹林などは多くの場合、林全部で一個の固体だ。文句なしに世界最大の生き物は植物だろう。

しかし竹の一本一本も一個体と見ることも出来る。それの区別として、一本一本に見える一個体をラメット。その群(切り離されていたとしても)全体をジェネットと呼ぶ。この生き方は植物だけが取っている戦略である。

大いに参考にできる戦略なので本などで知ってみることをお勧めします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 9日 (月)

環境浄化

家に帰ってテレビを付けたら、水俣の海が再生しているという話をしていた。

水俣の海に住む細菌が水銀に対しての耐性を持ち、水銀を分解し、水銀が減って海が浄化されたところで、細菌は耐性を段々と失い、もとの海に戻る。と言うことだった。

細菌は環境浄化のヒーローでは無い。恐るべき速さで耐性を作り対応する。それは人と病気の戦いで苦戦している要因では無いか。

これまでは地球は人類に対して資源を沢山与えてくれた、しかし水銀のように、ある種のバランスを壊すほどのところに来た場合、それを元に戻す動きが必ずある。

地球温暖化はあまり大きな問題ではない。これから人類は減る方向で自然は動くはずだ。それは寒冷化・食糧難かもしれないし、病気かもしれない。

どちらにせよバランスを考えれば、今後の地球は人類に厳しくなるだろう。水銀さえ浄化してしまう生態系システムの恐るべき力は、エコだと笑顔でいられない恐怖を与える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 6日 (金)

エコファイターってなんだよ

世界のエコファイター 地球を救う100の知恵 驚き!超テレビ大図鑑スペシャル」という番組をしていた。無理やりエコと繋げた事柄や、動物のお話をみてアイドルが泣く画を撮るというエコとの関係はどこにあったんだっけ?というような番組の多い中、それに関してはもうどうでもいいです(茂木健一郎が出ていたのは謎だが、、、彼にとっては、ただマイナスだと思うのだが、よほどギャラが良かったのか)。

その中で前から気になっていた「LIFE AFTER PEOPLE」地球から人間が居なくなったら、が見たかったので(本はかなり分厚くて腰が引けている)見ていた。まぁ予想通り街は人が居なくなれば、人間以前の世界に戻る。それだけである。

そこで気になるのは人間は悪なのではないか、そして究極に環境に良いのは人類が絶滅すること。という理屈である。まぁ、それはそうなのかもしれないが、何も考えていないと言うしかないような・・・

まずは「環境に良い」の定義がわからない。まるで人間以前は最上のような評価だ。人類が居なければ、環境の良いも悪いも誰も判断することは無いし、それこそ生き物、もちろん人類以外だから畜生というやつらがほとんどだ。そいつらに環境の良いとか悪いとかは関係ないだろう。関係なければ、環境が悪くても良いと言うことだ(変な言葉だ)。

環境に良いとか悪いとかというのは人間あっての事だ。

「不都合な真実」というのは象徴的だ。誰かにとって不都合=環境に悪いという事なのだ。不都合さえ考えなければ、環境破壊も、地球温暖化もなんにも困らない。

ではどうすれば、何を問題とすればいいのか。そこのところを考えなければ駄目である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 5日 (木)

二十世紀最大のアート

もうすぐ21世紀も1割が終わります。

20世紀から何かが変わったのでしょうか。

個人事で申し訳ないのですが私のテーマでもある「環境」に興味が集まり、少しずつではありますが知識が得られてきています。

アートとは元々、人工物という意味。実は政治も経済も戦争もアートなのである。そのアートである戦争を解決するのもアートだ。その中で最大のものは「環境破壊」もしくは「環境問題」だと思われる。

人類は平和を願いながらも、平和を勝ち得る事はできなかった。まぁ、勝ち得るという発想自体が勝ち負けだから戦い=戦争の素なのかもしれないが。

しかし世界中が共通の問題として環境問題に取り組もうとしている。戦争は最大級の環境破壊である。となれば、もはや戦争と言う贅沢はしたくても出来ない世界になるかもしれない。

もっと環境を破壊して、人類が立ち行かないほどの深刻な問題が目前にまで迫った時、その時の地球は戦争がなくなるのではないか、しかも完全に環境が回復するのには途方もない時間がかかる。ある意味サスティナブルな問題だ。

乗り越えられることもない平和への重しになれば環境問題は最大というだけでなく、素晴らしい人類の創造物=アートになるかもしれない。

それとも貴重となった資源を奪い合って殺しあうのだろうか・・・・それもアートだから良しとすれば良いのか

| | コメント (0) | トラックバック (0)

値上げしました

最近なんでもかんでも値上げである。

これまでが安すぎたのだから、全てのものが1.5倍か2倍までは許容しなくていけないのではないかとも思う。

しかし、そうなると生活は苦しいなぁ。

それ以上に困るのが、紙の値上げ。しかし、あの一瞬見たら捨てるだけの、商業主義の濃縮されたフリーペーパーどもは、その煽りで潰れてくれればいいと思うのだけど、こおいう場合は大概、商業主義=金をもうけているから潰れず、細々と良いものを作ろうという努力をされている小メディア(経済的弱者)から潰れていく。

なんだかツマラナイ社会へ、また一歩近づいたような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 4日 (水)

ラジオはMRO!

酒井千佳さんにお会いしました。

大変可愛い女性でした。

石川県の皆さん。応援してあげてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

絶対待つ

鷲田清一「待つということ」を読む。

そして平行して読んでいたフォアビギナーズ「西田幾多郎」も読み終わる。

どちらも哲学の本なので時間がかかった。しかしどちらも面白かった。

ある事柄があって、それをぐるっと内包する概念がある。だけれども、それだって何かに内包されている。そしてさらにそれさえも内包する別の何かがある。しかもそれは前の段階で内包済みの小さいカテゴリだったりしてパラドックスのようなことになる。

それを延々と追いかけているという感じだ。待つということでは全てを「待つ」に結びつけながら、待っていると言う時は何かを待っては居ないといい、しかし待つというような待つのカテゴリーがマーブルのように広がる。

西田にしても「無」について、「無」と言っても「無」があるわけだから、それさえもない「絶対無」を仮定して話を進める。それはあくまで仮定の話で「絶対無」なんてありえるのかは、現実としては難しい。では2冊を平行して読んだ感想として「絶対待機」というものも考えてみたらどうなるのだろうか。

それは待つこと自身が目的かつ方法となるということなのだろうか。だとすると絶対待機というのは宗教のようなものか(と言ったら宗教家は怒るのだろうか)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 2日 (月)

ecolomy

日経エコロミーというサイトがある。

エコロジーとエコノミーを足したのだろうけど、騒音の中で聞けばエコノミーと聞こえそうだ。どちらのDNAが濃いかは・・・

養老孟子先生へインタヴューしたりとバラエティに富んでいて、各人の意見が(無料で)読めるのは面白い。グーグルのグリーンエネルギー本部長さんや、レイチェル・カーソン協会理事長など、環境についてというよりも各人の立場で何が正しいのかを真剣に考えていらっしゃるのが良く伝わる。

環境についてまともに考えている人は「環境にいい事をする」なんて言わないと思う。そこから環境についてまともに考えている人かどうか区別ができると考えている。

環境にいい事をするのは3F。環境に悪い事はできる限り減らそう。

今、ひとりひとりのレベルで出来ることを考える時には、かなり有効な判断方法だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »